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【加賀】1300年前に山代温泉を開湯した行基上人が開いた守護寺「薬王院温泉寺」

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山代温泉薬王院温泉寺

山代温泉の総湯や古総湯を中心とした街並みは「湯の曲輪(ゆのがわ)」と呼ばれています。

そこ「湯の曲輪」にある「薬王院温泉寺」。

このお寺は約1300年前に山代温泉を発見した行基さんが、温泉守護のために建立したお寺なのです。また花山法皇が勅願をだした由緒あるお寺です。

お寺の入り口の山門の横にある石碑には「花山法皇勅願所・山代温泉守護 霊方山薬王院温泉寺」とありました。

山代温泉に来たらば、せっかくなのでこちらもお参りしておきましょう。

山代温泉の発見は約1300年前

山代温泉薬王院温泉寺

山代温泉を発見したのは今から約1300年前・聖武天皇の御代の頃のお坊さん行基さん。

ちなみにこの方、同じ頃、山中温泉も発見してます。

さらに琵琶湖に浮かぶパワースポットとしても有名な「神の住む島・竹生島」も行基さんが開いてますね。

いろんなとこ訪れてるんですね。奈良時代だからおそらくほぼほぼ徒歩だろうにすごいバイタリティですね。

 

山代温泉の開湯は神亀2年(725年)

霊峰白山へと登拝に向かっていた行基上人

すると空に紫にたなびく雲が。

その雲に導かれるように進むと、一羽のカラスを見つけたそうな。

なんと水たまりで羽の傷を癒していたそうな。

その水たまりが山代温泉発祥の湯元であった。

というのが山代温泉縁起にある『烏湯伝説』ですね。

 

ちなみにこのカラスは、サッカー日本代表のマークでもある3本足の「八咫烏」だったそうです。

山代温泉の守護寺「薬王院温泉寺」

山代温泉薬王院温泉寺

薬王院温泉寺は、山代温泉を発見した行基上人が、温泉守護のためにと薬師如来像などを彫ってお堂を建立し、白山大権現を勧請して鎮守したのが始まりです。

お寺には平安時代の木造十一面観世音菩薩像や、鎌倉時代の不動明王像もあります。

また境内には中興の祖とされる明覚上人の供養塔もあり、国の重要文化財にも指定されています。

山代温泉薬王院温泉寺

山代温泉開湯から約280年後、長徳3年(997年)に北陸巡幸の際に山代温泉に立ち寄られた花山法皇。山代温泉の薬効を気に入られたのか、勅願にを出し明覚上人に薬王院温泉寺に七堂迦藍を建立させました。

明覚上人は、そのまま薬王院温泉寺の住職となり、勅願寺として盛り立てました。

また「五十音図(アイウエオ)」の創始者としても知られています。

法皇勅願のお寺ということから、山代温泉と薬王院の名は全国に広がり、ただいま大河ドラマでも注目の明智光秀や加賀初代藩主・前田利家など時の権力者も湯治に訪れるようになったのであります。

 

「白山5院」の1つにも数えられ、隆盛をほこったのですが、その後迎えた、戦国の世に一向一揆、さらには越前朝倉義景の兵火によって焼失してしまったのですが、加賀藩から分封された大聖寺藩主の前田利治によって再建されました。

 

「白山五院」とは、

  • 柏野寺
  • 温泉寺
  • 極楽寺
  • 小野坂寺
  • 大聖寺

の5つのお寺のことで、いずれも白山に関係するお寺で、平安時代末期にはかなりの力を持っていたらしい。

薬王院温泉寺の仁王門

 

山代温泉薬王院温泉寺 

山門をくぐり階段を上った先にある仁王門。

山代温泉薬王院温泉寺

左右には立派な仁王像がおられました。

向かって右にいた「阿形」の仁王像。

山代温泉薬王院温泉寺

左にいた「吽形」の仁王像。

お寺の入り口にいることが多い仁王像ですが2体で1対なんです。

「阿吽」の形をしていて、神社の狛犬と同じような感じですね。

入り口で魔を払う、いわゆる門番ですね。

だからか仁王像って大体どれもいかついお顔してますよね〜。

山代温泉薬王院温泉寺

仁王門をくぐった裏手には、十二支の守り本尊もおられました。

格子があるのでなかなか全景は取れなかったので、辰の守護尊・普賢菩薩さまだけでもと。

 

生まれ年の干支にはそれぞれ守護してくれる仏様がいるのです。

「生まれ年守り本尊」は以前訪れた名古屋の「玉照姫泉増院」にもありました。

www.tefutefusanpo.net

服部神社とも繋がっている境内

山代温泉薬王院温泉寺

薬王院温泉寺の隣には「服部神社」があるのですが、境内が繋がっているからか、お寺からそのまま神社へと行くことができます。

山代温泉薬王院温泉寺

境内にあった薬王院温泉寺の由緒書き。こちらには英訳も載ってました。

紅葉の時期は真っ赤な紅葉に染まった境内がなかなかの絶景のようですね。

山代温泉薬王院温泉寺

秋にはこの新緑が紅葉に染まると。

朱色の伽藍と紅葉。

想像するだに綺麗そう。

秋にも来ようかな。

本堂手前に手水舎

山代温泉薬王院温泉寺

参道を進み、本堂の階段を登る手前に手水舎がありました。

山代温泉薬王院温泉寺

ちょっとわかりにくいですが、水が出るところはカエルちゃんの形をしてました。

かわいいけど。

珍しいな。

山代温泉薬王院温泉寺

手水舎の向かいには八角形の「慈光観音堂」があります。

門は閉じられてて、格子の間からしか見えないのだけど、ここには平安時代に造られたという十一面観世音像が安置されてます。

撮影は無理なので扉の前でお参り。

行基菩薩御尊像

山代温泉薬王院温泉寺

階段を上った先には、山代温泉を見つけ、薬王院温泉寺を開いた行基さんの像「行基菩薩御尊像」がおられました。

奥には鐘楼。

本堂

山代温泉薬王院温泉寺

薬王院温泉寺の本堂には、行基さん作のご本尊・薬師如来像、両脇には大日如来像、不動明王像などが祀られてます。

本堂の外観、撮ってなかったですねぇ……

暑くて頭ボケてましたかね……

山代温泉薬王院温泉寺

本堂におみくじやスタンプはありましたが、お坊さんはおりませんでした。

御朱印やお守りをご希望の方は下の本坊へおいでくださいとのことでした。

山代温泉薬王院温泉寺

本堂前にいたおびんずるさん。

あいうえおの小径

山代温泉薬王院温泉寺

本堂からさらに奥へと進むと「百度石」があり、その横からさらに山奥へと伸びる苔むした階段が。

山代温泉薬王院温泉寺

うぅん、なかなかの鬱蒼とした森へ分け入ってく感がすごいですね。

山代温泉薬王院温泉寺

階段をよく見ると「あいうえお」と文字が書いてあります。

平安時代に花山法皇の勅願を受け、薬王院温泉寺にやってきて、住職となった明覚上人は、「五十音図(アイウエオ)」の創始者と言われているのです。

 

それにちなんで造られたのがこの「あいうえおの小径」。

そしてこの「あいうえおの小径」を上った先の高台に、明覚上人の供養塔(薬王院五輪塔)があります。鎌倉時代の建立といわれていて国の指定重要文化財です。

 

え〜さすがにこの鬱蒼とした道を進む気力もなく、薬王院五輪塔へ行くのは諦めました。

(蜘蛛の巣まみれ汗まみれで星野リゾートに戻るのはいかがなもんよ……とも思って)

 

ちなみに本堂前から四国八十八か所にちなんだ仏さんを納めた祠が点々と連なっていてそれらを廻ると四国八十八ヶ所をまわったと同じとされるらしいです。

山代温泉薬王院温泉寺

ちょろっと「あいうえおの小径」を進んだら、不動明王がおられました。

山代温泉薬王院温泉寺

その先には白寿観音像。

山代温泉薬王院温泉寺

だいぶん階段が苔むしてますね。

緑と同化してて見えずらいですが、白寿観音像がおります。

大師堂

山代温泉薬王院温泉寺

「あいうえおの小径」と反対の左側の道の先にあった大師堂。

山代温泉薬王院温泉寺

明治に万松園四国八十八ヶ所霊場を開設した際に建てられたらしい。

弘法大師をお祭りしてるそうです。

山代温泉薬王院温泉寺

本堂もなかなかの高台にあります。

御朱印は本坊へ

山代温泉薬王院温泉寺

薬王院温泉寺から服部神社へと抜ける道の途中にある本坊。

御朱印はこちらでいただけます。

服部神社へ

山代温泉薬王院温泉寺

本坊の横の階段は服部神社へと繋がっています。

山代温泉薬王院温泉寺

途中には樹齢300年の「ヤブツバキ」がありました。

与謝野晶子が山代温泉を訪れた際にこの椿を見て一句読んだそうです。

山代温泉薬王院温泉寺

九谷なる かまが作るも 山代の 薬王院に咲けるも椿

椿の時期じゃなかったからなぁ、ただおっきな木だなぁとしか思わなかった自分は情緒がかけてるのかな。

などと思いながら服部神社へ到着!

山代温泉薬王院温泉寺

結構な石段を登ってこないとなんですね服部神社も。

薬王院温泉寺の基本情報とアクセス

山代温泉薬王院温泉寺

名称 薬王院温泉寺(やくおういんおんせんじ)
創建 平安時代中期
御本尊 薬師如来像
開祖 行基上人
御朱印 あり(本坊にていただけます)
所在地 〒922-0242 石川県加賀市山代温泉18-40甲
拝観時間 8:30〜17:30
拝観期間 年中無休
駐車場 「いろは草庵・総湯」駐車場
アクセス JR「加賀温泉駅」から加賀温泉バス約10分「山代温泉」バス停下車、徒歩5分
TEL 0761-76-1155