【金沢城石垣めぐり】4段に積み上がった「本丸南面の高石垣」は元々22メートル以上という聳え立つ石垣だった

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金沢城・本丸南面の高石垣

もともとは高さ22メートル以上を誇る高石垣があったはずの、金沢城本丸南面の高石垣

金沢城の本丸南面の高石垣は、広坂通りから兼六園・真弓坂口へ向かうと必ず目にするであろう場所にあります。

しいのき迎賓館、兼六園、金沢21世紀美術館がある、まさに金沢の観光のど真ん中ですね。

今でも4段に積み重なった石垣は、充分に威容があります。

が、本来はズドーンと高さを誇る高石垣とその上に四方を見渡す辰巳櫓があったのです。

明治期に改変された金沢城の高石垣

金沢城・本丸南面の高石垣

兼六園の真弓坂口や、金沢21世紀美術館の近くにある、金沢城本丸南面にある高石垣

段々に積み上がった石垣があり、これもまた不思議な魅力があります。

ただ、ですね、1段1段がかなり大きいとはいえ、こんなふうに段々になってたら、登りやすいですよね?

お城を守るべき石垣が攻めやすい構造だと、防御力が下がるんじゃないのか?と疑問に思いますよね。

それもそのはず、実はここの石垣、明治時代に改変されているのです。

金沢城・本丸南面の高石垣

辰巳櫓下から申酉櫓下の本丸南面の高石垣は、自然面を残す粗割石を積み上げた割石積みの石垣。

明治時代に上部が取り壊されて現状の姿になったが、もとの高さは約十二間(22メートル)以上ある金沢城随一の高さを誇る石垣だったのです。

創建は慶長年間後期(1610年代)で、寛文(1661〜1673)頃、元文元年(1736)、安永6年(1777)、安永9年(1780)、文化13年(1816)と幾度も改修され、

その後、明治時代に上部が撤去・改変されました。

下部はおおむね藩政期の姿をとどめているということです。

なんで壊しちゃうかなぁ!

かつては22m以上あった金沢城辰巳櫓下の高石垣

金沢城・本丸南面の高石垣

こちらが現在の金沢城本丸南面の高石垣ですね。

まぁね、これはこれで面白い形してますし、見栄えもします。

金沢城辰巳櫓

(文化13年辰巳櫓下石垣修理の様子を伝える絵図「後藤文庫」より)

でもかつてはこん感じだったんですよ!

それはもうズドーン!と聳え立つ石垣!

さらにその上にはお城を守るべく睨みをきかせる辰巳櫓

超絶カッコイイじゃないですか!

ちなみに以前、金沢工業大学が辰巳櫓の復元模型を作ったそうなんです。

これ見ると、サイコーじゃないですか!

これが復元されれば間違いなく金沢の超絶映え&観光スポットですよ!

金沢城・本丸南面の高石垣

この上に辰巳櫓が……

妄想広がりますねぇ。

辰巳櫓の辰巳というのは、天守から見て辰巳(南東)の方角のこと。

辰巳櫓は、百間堀を挟んで、金沢城の一番の弱点である小立野台地(兼六園方向)に睨みをきかせていたんです。

しかも辰巳櫓は金沢城の櫓の中でもかなり目立つ存在でもあったそうです。

そりゃそうだよね、お堀の角っこにそそり立つ馬鹿でかい石垣の上にあるんだもん。

しかも今だと金沢21世紀美術館とか兼六園からもよく見える場所ですよ。

たまにライトアップされたりもするんですよこの場所。

だったら、辰巳櫓も復元したいよねぇ。

と思うのですが、辰巳櫓の復元はかなり難しいらしいんですよ。

お城のボランティガイドの方と色々と石垣のお話ししてた時に、「辰巳櫓も復元されるとかっこいいよね〜」と話してたら、

「あ〜、でもそれねぇ、だいぶ難しいかもしんないわ」

っておっしゃられて。

なんでも明治期に旧陸軍がごっそり辰巳櫓下の石垣を取り壊してしまったので、その上に櫓を乗せる地面の問題と、さらに、強度の問題があるそうな。

旧陸軍が石垣を積み直したとはいえ、そこはやはり、穴太衆とは違います。

辰巳櫓を復元しようとするなら、土壌を積み直し石垣もきちっと強固に積み直す必要があるらしい……

おのれ旧陸軍めっ!

あ、そうそうなので面白いプチ情報も聞きました。

案内板にある説明なのですが、よく読むと

  • 改修
  • 改変

とあるんですよ。

改修は、元々のものを構造は変えないようそのまま修復しているのですが、改変は、もとの形から変えて作り直されたものに対して「改変」と表記してるんだそうです。

だから、辰巳櫓跡の説明には「改変」て言葉が説明で使われてるんですよ。

そんなことを知って、案内板読むとまた新たな発見がありますよ。

旧陸軍が石垣を積み直した理由?

金沢城・本丸南面の高石垣

現在の金沢城本丸南面の高石垣。

一番下の段の石垣に階段がついてるけど、柵がされてるので登れません。残念。

石垣の上の辰巳櫓跡には、金沢城内から行くことができます。

奥に広がる森の奥が金沢城の本丸跡です。

まぁ削り取られたとはいえ、壊してしまわずに、形が変わってしまったとはいえ、石垣を積み直してくれただけでも良かったと言うべきでしょうかねぇ。

ことの起こりは明治40年(1907)、辰巳櫓下の高石垣が崩落して、石垣が幅200mに渡り上部3分の2が取り壊される事態になったのです。

申酉櫓下付近から辰巳櫓下あたりまでの、本丸南面の石垣全体の3分の2近くに及ぶ被害。

原因は旧陸軍による、いもり堀の埋め立て。

いもり堀を埋めるため、城壁の土壌を掘り起こし、1段目高石垣を壊してしまったらしい。

しかも旧陸軍、明治14年(1881)には火の不始末で、金沢城内の建物のほとんどを焼失させてしまうという大失態をやらかしてました。

そこへ再び石垣崩壊。

いくら旧陸軍とはいえ、金沢市民の大反発を恐れたでしょうよ。そらそうだろうブチ切れるわ。

だからこそ?責任持って石垣の修復を行なったんでしょうねぇ。

崩落を起こさないためにも、土壌を削って低くして重量を軽減、樹木を植えて土壌を強化し、崖面を支えるために強固な谷積みで石垣を積み直しましたとさ。

ま、起こってしまったことは仕方ないとはいえ、いつかさらに技術が進んで、辰巳櫓と本丸南面の高石垣が復元できる日が来たらいいなぁ。

とりあえずそれまで復元模型を、どうせなら金沢城内に展示してくれませんかねぇ。

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金沢城・本丸南面の高石垣へのアクセス

金沢城・本丸南面の高石垣
所在地〒920-0937 石川県金沢市丸の内1
開園時間[3月1日~10月15日]7:00~18:00 (退園時間)
[10月16日~2月末日]8:00~17:00 (退園時間)
休園日無休
入園料無料
ライトアップ毎週金曜日・土曜日、祝日の前日など(その他、観桜期や紅葉期など)
日没から午後9時まで
無料
駐車場なし
アクセスバス「兼六園下」下車徒歩約3分
問合せ076-234-3800
URLhttp://www.pref.ishikawa.jp/siro-niwa/kanazawajou/

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